報告 第8回海外勤務者健康管理研修会(1)
1. 講演「海外勤務者の予防接種
ー日本渡航医学会:海外渡航者に関するワクチンガイドラインの紹介を含めてー」
演者:海外勤務健康管理センター 医師 福島慎二先生
座長:大阪産業保健推進センター 相談員 橋本 博先生
日本渡航医学会の「海外渡航者に関するワクチンガイドライン」の作成委員会メンバーである福島先生はガイドライン作成の経緯に触れられ、トラベラーズワクチン接種が効果的にかつ安全に実施されることを目的として、医療関係者向けに2010年3月に出版されることを報告された。
講演ではまず、同ガイドラインに取り上げられた12種類のワクチンのうち、ダニ媒介性脳炎ワクチンを除く11種類のワクチンについて概説された。 A型肝炎ワクチンは、日本人の60歳未満の半数以上が抗体をもたない状況下で、途上国に行く全ての人に推奨されるワクチンと話された。日本では16歳未満では適用外になっているが、A型肝炎は高率に家族内2次感染をきたし、かつ、主たる感染拡大源が小児であると考えられていることから、小児への接種も推奨されると述べられた。
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B型肝炎ワクチンは、近年、慢性化しやすい genotype AのB型肝炎が増えていること、アジアやアフリカではHBVキャリアーが3〜10%と高率であること、などから渡航者には推奨されるワクチンの一つとされた。本邦では0、4週と半年〜1年後の計3回接種するが、3回接種1〜2ヶ月後にHBs抗体をチェックして有効性を確認することが望ましいこと、接種後5年で約50%の人で抗体が陰性化するが、追加接種を行うべきか否かについては議論が分かれているとされた。
破傷風トキソイドは、1968年にDTPワクチン(ジフテリア・百日咳・破傷風)の小児への定期接種が行われるようになったが、それ以前に生まれた40歳以上では抗体を殆ど持っていないこと、本来ならば初回免疫後10年ごとに追加接種が行われるべきだが日本では積極的に行われてはいない、などの問題を指摘された。
狂犬病ワクチンは、数年前に横浜と京都で患者が発生して以来、国内でのワクチン需給が逼迫しており、高度の流行地で暴露後すぐには注射できないような地域に渡航する場合に、曝露前予防としてのワクチン接種が勧められるとされた。暴露された際にはWHO推奨の第1類から第3類までの曝露分類別予防治療指針を参照して治療を行うことにも触れられた。
日本脳炎ワクチンはアジアモンスーン地帯の発生国に1ヶ月以上滞在する場合や、滞在期間が1ヶ月未満であっても農村部で積極的な戸外活動を行う渡航者には接種が推奨されるとされた。
ポリオワクチンについては、現在もポリオ常在国であるアフガニスタン、インド、パキスタン、ナイジェリアへ渡航する場合には推奨されること、1975-1977年生まれの日本人は免疫獲得が低く追加接種が望まれること、また、海外での就学など集団生活に入る場合に接種を要求されることが多いと話された。
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黄熱ワクチンについては熱帯アフリカやアマゾン周辺の南米の国などで、接種の国際証明書を要求する国があること(要求国は随時変わるので要チェック)、 接種後10日後に証明書が有効になることから黄熱リスク国に入国する10日以上前に黄熱ワクチンを摂取すべきこと、まれに脳炎や多臓器不全の副反応をおこすことなどを話された。
腸チフスワクチンについては、日本で発生する腸チフス症例の8割が海外での感染であること、抗菌薬への耐性化が進んでいることから予防していく疾病に変わっていること、などから推奨されるべきワクチンであるが、我が国においては未承認であることなどを指摘された。
福島先生がガイドラインで特に担当された髄膜炎菌ワクチンも同様に未承認であるが、髄膜炎菌が重症の肺血症や多臓器不全を起こしうること、飛沫感染で罹ること、健康保菌者からうつされることもあること、などからアフリカ髄膜炎ベルトなどの流行地や、海外で寮生活を送る大学生には接種が勧められると話された。
コレラワクチンに関しては、全ての渡航者に推奨されるわけではないが、我が国では経口不活化ワクチンは未承認であること、しかし、毒素原性大抗菌に対する予防効果もあり、旅行者下痢症に対するトラベラーズワクチンとしても期待できると指摘された。
最後にインフルエンザワクチンについて触れられたが、直近の秋のインフルエンザワクチンを接種していない者が渡航する場合は、国や地域、季節を問わず、生後6ヶ月以上の全年齢において接種が推奨されると話された。
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総論として、日本のワクチンは海外渡航者でのエビデンスが殆ど無いこと、感染症のサーベイランスが行われないと、有効化どうか判断できないこと、追加接種の時期が明確ではない、などの課題があることを指摘された。また、国内未承認のワクチンの使用にあたっては説明と同意が極めて重要であること、万一、問題が発生した場合には判例によって結果が決まる可能性があること、などを指摘された。
産業医・産業保健スタッフの役割としては、派遣国・地域に必要なワクチンとそれを接種してくれる医療機関のリストを作成すること、ワクチン接種スケジュールを勘案して出国までに間に合うようにできるだけ早くアクセスさせること、などが重要であるとされた。また、臨床医には、ワクチン接種証明書を発行してもらうことが一番重要であると指摘された。
ワクチンガイドラインで扱っていない感染症では、マラリア・デング熱・チクングンヤ熱などが重要と考えられるが、マラリアでは予防内服が、デング熱やチクングンヤ熱では教育が重要である。
最後に、ワクチンに関しては日本独自のエビデンスが乏しい中で、今後、渡航医学・産業医学の両面から様々な研究が必要であると結ばれた。
追記1:海外勤務健康管理センターは2010年3月末をもって閉鎖され、福島慎二先生はその後、東京医科大学に移っておられる。
追記2:「海外渡航者に関するワクチンガイドライン2010」は2010年3月31日に株式会社協和企画から出版されている。
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