第14回海外勤務者健康管理研修会第14回海外勤務者健康管理研修会は2012年8月25日土曜日の午後に大阪市(野村カンファレンスプラザ大阪御堂筋)で開催した。今回は海 外から日本に来ている労働者やその帯同家族の医療問題の講演と、中国へ派遣される日本人労働者の抱える問題を討議するシンポジウムで、鏡像の関係で問題を考えることを企図した。 前半は りんくう総合医療センター健康管理センター長 南谷かおり先生が「在日外国人労働者の医療事情」と題して講演された(座長 大阪労災病院 勤労者予防医療センター長 大橋 誠先生)。 りんくう総合医療センターは海上空港である関西国際空港の対岸にあり、平成18年から国際外来を運営されている。当初はブラジルの大学医学部を卒業され、ポルトガル語やスペイン語、英語に堪能な南谷先生ご自身と、英語医療通訳者7名で始められた。その後、通訳者を公募したり、通訳コーディネーターを新たに採用するなどして、2012年4月1日現在、医療通訳者29名、認定外国人サポーター34名で運営されている。医療通訳者は言語によって常駐曜日が異なるシフト制をとっているが、予約状況によっては柔軟に対応されている。医療通訳者は診療各科からの要請で出動し、外国人患者に最初から最後まで同行後、事例の報告書を作成する一方、待機中は以前の報告書を読んで予習しておられる。開設当初からの医療通訳件数は毎年増加しており、2011年度は731件にのぼった。言語別では英語27%、ポルトガル語21%、スペイン語43%、中国語8%などで、国別ではブラジル21%、コロンビア20%、ペルー19%、中国8%、フィリピン8%などの順となっている。内容別では診察40%、請求15%、説明・相談12%、検査11%、薬9%などの順で、受診科別では産婦人科616件、内科505件、外科395件、小児科・耳鼻咽喉科139件などの順であった。 外国人患者が医療機関を受診するにあたっては、「言葉の壁」「文化の壁」「制度の壁」の3つの障壁があるが、それぞれについて問題・課題を具体的に話された。「言葉の壁」に関しては、通訳者が訳しやすいように話を区切りながら、専門用語ではなく一般用語で説明していること、日本語が少し解る方が危険であることを指摘された。「医療文化の壁」に関しては、出身国によって医療文化が異なり、例えば出産では、日本人は自然分娩を好むが、中南米の女性は帝王切開を望む傾向があると話された。また、「医療制度の壁」では、例えば医療費の支払いに関して分割の方法があることを知らないまま未払いになっていたケースもあるなど、医療通訳の配置で解決しうる可能性を示唆された。在日外国人労働者の実情として、「病院に行かず、我慢して悪化」「病気になるとクビ」「薬は自国から取り寄せる」「会社が健康保険に加入させていない」「労働条件が悪い」「通訳は自分で手配し、有料」「出産や手術は不安なので帰国」「無料健診や救急車要請法を知らない」などの問題点を指摘されたが。これらは日本人が海外勤務をする場合とまさに彼我を入れ替えた状況に思えた。 外国人が日本で安心して医療を受けられるように、また、日本人医療者が安心して外国人患者を診れるようにするためには、医療通訳の養成と認定は急務で、そのために今後も貢献していきたいと結ばれた。 後半のシンポジウム「中国派遣邦人労働者の抱える諸問題 ? 健康問題を中心に -」は、中国に派遣されて働いている労働者の抱える医療問題を、かつて中国に滞在し、中国の事情に精通しておられる3人の方々から論じていただいた( 座長は関西福祉大学教授 で元外務省医務官の勝田吉彰先生)。 最初に登壇された (財)海外邦人医療基金業務部部長 宮本昌和氏は『中国勤務の邦人労働者のための中国医療事情と食・水の安全』と題して、豊富な知識を惜しみなく披露された。中国衛生部情報(法定伝染病月報・年報)の存在とその捉え方についての紹介、中国医療機関の構成や各「等・級」の概要、健康診断に関する新しい法律、救急車の利用法、薬の安全性や偽薬密売の問題等々医療に関する話題と、 スモッグ、スイカ爆発事件、下水油事件など食・水の安全・環境問題など、多方面から話題を提供された。さらに、産業医としての医療情報収集の手段について言及された。なお、ご自身の執筆された要旨があるのでご参照いただきたい。 続いて登壇された、関西医科大学公衆衛生学講座 助教の三島伸介先生は、海外派遣労働者の健康管理に関する一般論を説明されたうえで、海外の医療機関を受診した際の問題点として、「医療システムがわかりづらい」「コミュニケーションがとれない」「医療費が高い」「医療レベルが不安」「施設が衛生的でない」などを挙げられた。そして、中国で診療を受ける際の留意点として、@まずは日本人スタッフのいる医療機関を訪問して顔見知りになっておくこと、A救急車を利用する場合は乗車直前に費用の支払いを要求されること、慢性疾患(診断後180日以上経過)の治療は保険適用外であること。C一般外来や救急外来にカーテン等の仕切りがないことがある、D病院の院内薬局は薬価が高めのことがある、などを挙げられた。 最後に座長の関西福祉大学教授 (元外務省医務官)の勝田吉彰先生が「中国駐在のメンタルヘルスと最近の変化」と題して、特に中国派遣労働者の抱えるストレス要因について話された。現地駐在員のストレス要因のなかで最も大きいのが「日本の本社」であること、その背景として中国国内で法令・ライバル社・環境政策・投資環境などが目まぐるしく変化する一方で数年前に駐在した本社の人間が「中国通」としてズレた指示をしていることを挙げられた。中国側の要因として、監督官庁の担当者の胸先三寸で契約変更もあるような人治主義がまかり通っていること、電力不足などインフラ面の問題、ビジネス関係構築のための宴会で一気飲みを重ねる「乾杯」で死亡する危険性、いわずもがな尖閣問題等進行形の政治問題に起因するストレス要因などを挙げられた。最近のメンタルヘルス事情として、駐在員妻の引きこもり問題や、受診病名の多様化などを挙げられた。さらに、チャイナリスクを避けるためにミャンマーやインドネシア、ベトナム、インドなどチャイナ・プラス・ワンが注目されているが、それらの国々でのストレス要因についても触れられた。3人の熱心なお話が続き、予定の2時間を使い切り、残念ながら討論の時間を確保できなかった。 この研修会の前半で、外国人労働者が日本の医療機関でどのような苦労をしているのかを知り、後半で日本人が特に中国の医療機関受診でどのような問題を抱えているのかを聴いたことにより、海外派遣労働者の医療事情を複眼的に洞察することができたのではないかと思う。 |