海外勤務者健康管理研修会

報告 第4回海外勤務者健康管理研修会(1)

(2008年3月8日、新梅田研修センター)

「海外勤務者のメンタルヘルス」をテーマに研修会を開催した。

前半の講演、「海外赴任におけるメンタルヘルス」(勝田吉彰 近畿福祉大学)では、演者のアフリカ、ヨーロッパ、中国などにおける在外大使館医務官としての長年の経歴を踏まえ、海外赴任者が異文化に適応していく過程、海外赴任前に準備すること、海外勤務者のメンタルヘルス不調発生時の対応(緊急帰国など)、中国赴任者のメンタルヘルス対策、などについて詳述された。勝田先生のご講演の要旨は以下のとおり。

海外勤務によって異なる文化環境に移住した場合、移住期→不適応期→諦観期→適応期→望郷期という適応過程をたどる。移住期は着任後すぐの段階。生活立上げ(電気・水道・ガス・交通・住居・使用人・・・)に忙しく、ストレス自覚はむしろ少ない。「あまりアクセルふかさずマイペースで」とアドバイスする。着任2〜3ヶ月後、生活立上げが一段落ついた頃から、新しい土地の思わしくない点・不満点が目に付きだし、ストレスを自覚する(不適応期)。精神的・身体的に疲労感があり、調子をくずすことが多い。「誰でも通過する過程。貴方だけではない!」とアドバイスする。休暇をとったり、一時帰国も有効である。やがて諦観期に入り、新しい土地の良い点も悪い点も見えてくるようになり、ありのままが認識できるようになってくる。そして、適応期に入る。

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海外赴任の前に準備しておくべき事として、まず、日本国内の相談先を明確化し、社内の相談先・各種電話相談ライン・EAP などの電話番号等を明確にしておく。海外旅行傷害保険に加入すると、精神疾患の既往がない場合には保険でカバーしてくれる。

次に、多文化間精神医学会HP(http://www.jstp.net/)、Group With HP(http://www.geocities.jp/groupwith/)、外務省ホームページ渡航情報(http://www.mofa.go.jp/mofaj/toko/index.html )などで任国の医療事情やメンタル関係医療資源もあらかじめ調べておくことが重要である。

また、特に途上国赴任の場合、荷造りにあたっては(書籍・雑誌・CD・ビデオ・スポーツ用具、釣道具などの)娯楽・趣味の道具を忘れずに入れておくことが大事である。たとえば、スーダンはイスラム圏でアルコールが禁止されており、飲むと鞭打ちの刑になる。映画館やその他の娯楽にも乏しく、することがない。所在なき時間をすごすということがストレスになる。

住居決定の前に、治安情報の収集等や交通・買物の便、住民構成の情報収集(日本人率など)を調べる。買物に行く途上で薬物中毒者がたむろしている国もある。居住環境による慢性的ストレスを先ずは緩和しておくことが望ましい。

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実際に赴任したら医療機関の情報収集を早々にしておくことが重要である。元気な人ほどこのことは後回しにしがちである。現地で自分の目で確認し、受診方法も確かめておく。国によっては受付・薬局・検査のそれぞれでお金を払わねばならない。むしろ日本のように一括して会計で支払うようなところは稀である。

着任後、2〜6ヶ月は特に体調に注意が必要である。不眠・不安・抑うつ気分・身体的不定愁訴などの抑うつの初期症状や、アルコール量の増加に注意する。

実際にメンタル不調が発生した時に、現地でメンタルケアが可能かどうかが最も大きい問題である。先進国・アジアの一部など日本語でメンタルケア可能な場合は現地の医療資源をできるだけ早く受診させる。日本語でメンタルケア不可能な場合は帰国を検討する。長期的ケアとしては「帰国して日本語によるケア」が大原則である。激しい幻覚妄想状態・興奮状態・自殺企図がある場合には緊急に帰国するか先進国への移送が必要となる。この場合、緊急移送会社(アシスタンス会社)に委託する。(海外旅行傷害保険の)保険会社への連絡や在外公館への支援要請が必要となる。

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先進国での危機介入における問題点として、ある程度以上のレベルの医師には多文化間精神医学的アプローチが理解されるものの、若手医師にまでは浸透していないというソフト面の問題や、抑うつ状態・幻覚妄想状態ではいつもに比べ患者本人の外国語能力・表現力に支障があることなどが挙げられる。先進国においては基本的に帰国させ母国語(日本語)による治療にのせる方針で対処するが、急性期終了まで現地で入院後、一般乗客として搭乗する可能性もある。

一方、 途上国での危機介入における問題点としては、先ず日本人の利用に適する医療機関が欠如していることが挙げられる。冷房なく開放された窓からマラリア媒介蚊が侵入する例、鉄鎖で患者拘束するケース、政治犯収容所化し外国人に門戸閉ざすケース、病院がテロの標的となる国、などなどである。また、医薬品在庫の問題(保存条件、期限切れ医薬品、偽薬)や専門医の不足、看護スタッフの教育水準の問題などがある。

発展途上国においては、航空機に搭乗可能になり次第、可及的速やかに出国させること、保険契約があり高額負担が可能な例は移送会社に依頼することを方針とする。ただし、患者移送に協力的な航空会社がある一方、消極的な会社もある。患者としての搭乗許可を取得する場合に問題が生じることもある。

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中国においては駐在員の死亡事例が激増している。しかも、死者の2/3を長期滞在者(3ヶ月以上)が占めているのが特徴である。急性アルコール中毒や突然死(脳卒中・循環器)による死亡の他、自殺も少なくない。中国におけるストレス要因としては、気候・風土に起因するもの、中国・日本それぞれの国民気質や習慣などに起因するものがある。

気候風土に起因するストレス要因の一つ、黄砂によって室内は常にザラつき、埃っぽくなる。柳絮は白い花粉が舞い、一見きれいだが花粉アレルギーの原因となる。SARSや鳥インフルエンザが感染症として大きな話題となるが、鼠が媒介する出血熱あるいは髄膜炎については日系企業からもよく相談がある。

中国側に起因するストレス要因としては「宴会」と「乾杯」が挙げられる。人間関係・ビジネス関係構築にあたり(たとえば監督官庁と腹を割った話をするには)「宴会」は不可欠で、その際に、各出席者と「乾杯」をすることになる。「乾杯」とはコーリャンからつくった55度の透明な酒、白酒の「一気飲みを重ねる」ことを意味する。不整脈を起こしたり、嘔吐した吐物で窒息して死亡する例もあり、「乾杯」は駐在員のプレッシャー源になっている。また、中国は人治主義で、担当者や監督官庁の胸先三寸で契約変更の可能性がある。特に役所の担当が替わるとコロッと変わることがある。

さらに、中国ではインフラ面でも問題がある。石炭で発電しているため、電力が不足しており、計画的な停電がよくある。生産ラインの稼働停止や生産計画の急変などのプレシャーがかかる。

一方、日本側に起因するストレス要因として、まずは、居住環境が挙げられる。中国では外国人向け公寓(集合住宅)に居住するのが原則であり、日本人ばかり集まっているところもある。完璧指向・減点主義などの日本人気質が災いして不必要なストレスを発生して、邦人間で軋轢を生んでいる。例えば、日本人学校への通学バスでは「指定席」があり、その席を間違えたり、うっかりバスに乗り遅れるような児童がでると、文句を言われるなど、世話をする当番の責任が大変である。また、北京や上海へ帯同家族としてわたった子女の急増で、日本人学校がマンモス化し、教育環境の悪化が子供のストレスを高めているという実態もある。

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「中国では生活費安いだろう」との思い込みは社員を危険に晒すのと同じで、例えば農薬のかかっていない安全なキャベツは20元300円もする。食の安全の問題は国内報道のブームが去っても問題は継続しており、駐在員やその家族の不安は極大化している。日本から食糧の購送制度として、アフリカ駐在員の一時帰国時に食糧持ち帰りコストを補助する制度がある会社はあるが、中国に対しても必須である。健康で文化的生活のコストは日本以上にかかるという視点を企業の方にはもって頂きたい。為替変動・物価高騰にスライドした手当の支給や、家族のタクシー代支給(すでに導入実績ある企業も)なども配慮されたい。また、生活が軌道に乗るまでは私用に使える通訳を現地雇用することが必須であり、通訳費の支給も企業は考えて頂きたい。

メンタルケアに関わる医療体制の中で、北京には日本語完璧な中国人医師として、徐医師(VISTAクリニック, http://www.vista-china.net/ )、喬医師(北京大学第三病院)、石医師(北京天衛診所:通称 龍頭クリニック, http://www.longtou.net/clinic/md/ika.htm )らがいるが、 日本人の精神科医師は皆無である。このため、企業にはカウンセラー・精神科医の巡回派遣や、一時帰国時のカウンセリング、メンタルヘルスセミナー・講座の実施などが求められる。「受診して、狭い社会の噂になったらどうしよう」とか、「自分は大丈夫、何ともない(心身症の失感情症)」 いう個人の受け止め方の問題もあるが、北京でメンタルセミナー後に「次は社内で」となるが実際には立ち消えになるように、支社に持ち帰ると管理者がその管理能力の評価を気にして動かなくなる、という問題もある。 「本社発・全員への強制」が必要である。

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勤務面では、 2年前の常識が通用しないほど情勢は急激に変化するという認識が欠かせない。「ほんの2〜3年前駐在していた人間が本社で方針を立てることによる齟齬」は駐在員共通のストレス要因となっている。充分な赴任前オリエンテーションを行い、中国習慣に精通した人間とペアで派遣したり、現地スタッフの活用や権限委譲を図ることが求められている。また、赴任者・家族へのアドバイスとしては、日本人率の低い公寓(住居)を選択を勧めるのも一法である。大使館や外務省のHPから情報を得たり、 メールマガジンの登録をすることなどもストレス対策に有用である。

外務省HP医療情報

http://www.mofa.go.jp/mofaj/toko/medi/asia/beigin.html
http://www.mofa.go.jp/mofaj/toko/medi/asia/shanghai.html

在中国日本国大使館HP

http://www.cn.emb-japan.go.jp/index_j.htm

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