海外勤務者健康管理研修会

報告 第2回海外勤務者健康管理研修会

財団法人 産業医学振興財団「産業医学ジャーナル」Vol.30 No.4 平成19年7月号より転載

海外勤務者健康管理全国協議会主催(大阪府医師会・日本産業衛生学会近畿地方会・大阪産業保健推進センター共催)の第2回海外勤務者健康管理研修会が2007年3月10日に大阪労災病院(大阪府堺市)で開催された。産業医・産業看護職をはじめとして約90人が参加された。海外勤務者健康管理全国協議会は海外勤務者を派遣している企業・団体の産業保健スタッフ、あるいは人事・労務担当の方々の支援を主たる目的として2006年4月に設立された組織で、年2回の研修会開催を予定している。今回は感染症に関する講演と生活習慣病に関するシンポジウムを行った。

講演『最近海外で注目されている感染症-海外勤務者の安全のために-』

最初に、大阪市立総合医療センターの阪上賀洋先生が、発展途上国で罹りやすい腸管感染症、マラリア、デング熱、鳥インフルエンザ、狂犬病などについて講演された。

細菌性赤痢や腸チフス、パラチフスは薬剤耐性が進み、特にインド方面からの帰国患者でのナリジクス酸耐性は100%近くにのぼっている現状より、今年4月からこれら感染症を2類から3類に変更して一般診療所で扱うことについて強い懸念を示された。細菌性赤痢については、39〜40℃に達する発熱後に少し遅れて下痢がおこるが、無治療で1〜2日で解熱することが特徴的であり、感冒性腸炎と誤診しやすいことを強調された。 三日熱、熱帯熱などのマラリアの中で一番怖い熱帯熱は日本人が罹ると大量の溶血による腎不全や脳性マラリアを併発して100%死亡する上、薬剤耐性が最も進んでいると指摘された。マラリアを媒介する蚊は夜活動するので夜間の外出を控えること、日本の昆虫忌避剤はDEETの濃度が低く効果不十分なため現地のものを使うことを勧められた。

デング熱は熱帯全般や米国のメキシコ湾岸、オーストラリアのケアンズでみられるが、媒介する熱帯シマ蚊は昼間に活動する蚊で、花瓶の水や水たまりでも繁殖するため都会でもデング熱はみられること、デング熱再罹患時は出血熱やショックを起こして重症化し、特に小児の死亡率が高いことを指摘された。

鳥インフルエンザは現時点でヒトへの感染は鶏などと密な接触のあった者に限られるため、鳥インフルエンザ発生国においては鳥類のすぐ近く(1〜1.5m以内)に近づかないこと、自ら鶏を処分しないことが重要と話された。

2006年11月、フィリピンから帰国した2人が典型的な狂犬病の症状で死亡したが、狂犬病ウイルスは犬・猫・蝙蝠などの唾液の中にあり、咬まれなくとも舐められて皮膚の傷から入ると発病する危険性があること、発病すると100%と死亡することを強調された。咬傷による曝露後の発病予防としてWHOは咬まれた日から計6回の狂犬病ワクチンの接種を推奨していることなどを強調された。曝露前の予防としてのワクチン接種について日本では渡航前に3回(1回目とその7日後、28日後)の接種が勧められているが、抗体陽性率がようやく50%になるはずの2回目さえ打たないで慌ただしく出国する人が多いこと、現地のワクチンの中には中枢神経系に後遺症をもたらすような製剤もあること、などから国内で十分免疫をつけて出国するべきと付言された。

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シンポジウム 『海外勤務者の生活習慣対策』

続いてシンポジウムでは、先ず、山田隆治氏(三菱商事診療所)が、商社における対策として、生活習慣病を持っていても治療によって病状が安定していれば海外に赴任させる場合が多いこと、特にメタボリックシンドロームの患者は赴任前に十分な保健指導と食事療法、投薬治療を行って病状を安定させてから赴任させることを前提としていること、赴任時に現地医療機関に紹介状を英文で作成し、赴任後はE-mailや電話・FAX による医療相談などで対応していること、心筋梗塞や脳卒中など緊急時の患者移送はSOSというflying doctorで日本あるいは近隣の医療先進国へ移送していることなどを紹介された。

同社では海外勤務者を含めてメタボリックシンドロームが急増しているが、それに伴い脂肪肝の症例がかなり増えてきていること、その中にはNASH(非アルコール性脂肪肝炎)の事例が含まれることを指摘された。メタボリックシンドロームの構成要素を3つとも満たすものはNASHでは20%もあること、しかもNASHの40%はstage3〜4の進行例であることからメタボリックシンドロームの指標を3つとも満たすものについては出来るだけ肝生検をしてNASHの有無を診断することが重要であること、糖尿病や高脂血症、高血圧などの生活習慣病を出来るだけ早期に治療してほしいと強調された。

2番手として廣田直敷氏(トヨタ自動車安全健康推進部 海外健康G)は、海外勤務者が健康維持・増進に向けた自己管理を行い、会社は健康管理活動をサポートする、という健康管理の方針を述べられた。社内支援体制として安全健康推進部が健康維持・増進支援を、人事部が日常生活支援・安全管理や緊急時の対応を、トヨタ記念病院海外渡航科が病気に対する相談窓口として連携しながら機能していることを話された。

健康管理サービス内容として、赴任前および赴任中の健康チェック、海外からのメール・電話による健康相談対応、予防接種、海外勤務者用HP等を活用した健康情報提供、海外医療巡回、医薬品提供(市販薬)、エマージェンシー対応などを順次説明された。 赴任前の健康チェックでは、職場上司とが「事業の推進」と「個人の健康」を考慮し、加えて産業医が過去2年間の健康情報をもとに一次判定を行い、メンタルチェックを含む赴任前健診で二次判定を行うという二段階のスクリーニングを行なっていること、二次判定で要指導の場合には保健指導を実施し、生活改善プランシートを作成するなど自己管理プランを立て、改善を確認するまでは赴任を許可しないこと、このような取組みの効果として赴任者に占める健常者の割合が取組み前に比べて10%増加していることなどを話された。

また、海外の事業体が200人〜300人規模になると様々な人間関係があり問題が山積しているため、メンタルの相談体制の充実を図る目的で実際に現地に出かけて種々の取組みを始めていると報告された。

最後に、海外健康管理センター(JOHAC)健康管理部の安部慎治先生が、企業での生活習慣病対策は海外勤務者を含めハイリスクアプローチが中心になっているが、平成20年度から始まる特定健康診査・特定保健指導がポピュレーションアプローチに大きくシフトしていく中で、海外勤務者の生活習慣病対策としてどのようにポピュレーションアプローチを展開していくかをテーマに話された。

実際には効率性を考えて赴任時の背景因子(赴任国・赴任時年齢・帯同家族の有無・赴任期間など)を指標できれば対象を限定できるメリットがあることに着目し、海外健康管理センターの健診受診者のデータに多変量解析を行った結果、「赴任時の年齢40代前半まで」、「赴任期間が2年以上」が検査値の変動を予告する因子となることを報告された。また、年齢別にみると中間年齢層でメタボリックシンドロームの頻度が赴任前7%から赴任中14%と有意に上昇しているが、赴任期間によるメタボリックシンドロームの有病率に変化はないので、ポピュレーションアプローチの対象限定の指標として赴任時年齢を基準にするのがよいではないかと発言された。

さらに、年齢別の生活習慣を比較して結果、若年層・中間層の食事の摂り方、食行動が問題で、運動習慣や飲酒に関してはあまり影響していないことを挙げられ、以上の結果より海外勤務者にポピュレーションアプローチをしていく場合に40歳代前半をターゲットにして食習慣に関する指導を行うのが効率的と発言された。

海外勤務者健康管理全国協議会事務局
久保田 昌詞
((独)労働者健康福祉機構 大阪労災病院 勤労者予防医療センター)

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