海外勤務者健康管理研修会

第15回海外勤務者健康管理研修会

2013.2.16 で東京で開催した。今回のテーマは2013年4月から施行される「新型インフルエンザ等対策特措法」と「(新型インフルエンザ対策を例とした)海外勤務者の危機管理」である。

 最初の講演は、川崎市衛生研究所所長の岡部信彦先生に、「『新型インフルエンザ等対策特措法』施行を前に〜海外勤務者の安全・衛生のために〜」と題してお話頂いた(座長は大阪労災病院勤労者予防医療センター 久保田 昌詞)。岡部先生が2009年の新型インフルエンザ(パンデミックインフルエンザ2009)流行時に国の対策決定に様々な意見表明をされてこられたことは記憶に新しい。

講演では、まず新型インフルエンザの発生からパンデミックに至るまでの経過を振り返られ、死亡率が先進国の中では日本が最も低かったこと、その背景として国民における新型インフルエンザの認知度や個人衛生レベルが高いこと、医療機関の受診が容易で医療費が安いこと、多くの人がまじめに取り組んだことなどを挙げられた。しかし、問題点もさまざまに指摘されており、通常の医療体制の延長では危機管理としての対応ができない、という認識を各方面がもつべきであるとされた。

WHOが今後起こりうるパンデミックに備えて、基本的能力の強化、パンデミック準備ガイドラインの改訂、ワクチンの配分や輸送の強化などが必要であるとしている中で、わが国では2010年6月に新型インフルエンザ対策総括委員会が報告書をまとめ、これに基づいて新型インフルエンザ専門家会議で行動計画案が議論され、閣議決定を経て、「新型インフルエンザ等対策特別措置法」が制定された経緯や、行動計画やガイドラインの見直しが行われていることを説明された。

岡部先生は、新型インフルエンザ等対策有識者会議の委員として、また、同会議の「医療・公衆衛生に関する分科会」会長として中心的役割を果たしておられるが、特措法が規定している「新型インフルエンザ等緊急事態宣言」について特に言及された。これは、新型インフルエンザ等(国民の生命・健康に著しく重大な被害を与えるおそれがあるものに限る)が国内で発生し、全国的かつ急速な蔓延により、国民生活及び国民経済に甚大な影響を及ぼすおそれがあると認められる時に、政府対策本部長が公示するもので、都道府県知事は新型インフルエンザ等緊急事態において、不要不急の外出の自粛や、学校、興行場等の使用制限などの協力を要請することができるとされている。さらに、医療関係者による協力を確保するための枠組みについても言及された。

最後に、感染症の危機管理としてあらかじめの備えが重要であり、その基本が「インフルエンザ」対策であること、そしてその対策がいろいろな感染症発生に応用できることを指摘され、対策を継続して進めていくことの重要性を強調された。

次のシンポジウム「海外勤務者の危機管理〜新型インフルエンザ対策を例として〜」では3人の演者から話題を提供していただいた(座長は全日空東京乗員健康管理センター主席産業の五味秀穂先生と東京医大病院渡航者医療センター教授の濱田篤郎先生)。

最初に、EMGマーケティング 医務産業衛生部 鈴木英孝先生が、「2009年のパンデミックを振り返って(企業における対策の課題)」と題して講演された。鈴木先生は2009年に流行した パンデミック(H1N1)2009の経験を踏まえて、企業における新型インフルエンザ対策の検討課題として、「適切な情報へのアクセス方法」、「感染予防対策への理解」、「曖昧なガイドラインや手順の排除」、「企業の意思決定と産業医の関与」の4点を提起された。現状を正しく認識するための適切な情報として国外の情報を入手する努力を惜しんではいけないこと、感染予防対策においては発熱のスクリーニングの精度、マスクの備蓄、発熱・解熱の定義などに課題があり、社内ガイドライン等の作成にあたっては「曖昧さを排除する」ことが重要であることを強調された。2009年の新型インフルエンザ渦中で産業医の対策への関与が少なかったとの反省を踏まえ、緊急時対応における企業の意思決定に産業医が関与できるよう、予め企業内で決めておく必要性を唱えられた。

続いて、1989年から2012年11月まで外務省医務官として勤務された、柿添病院附属中野診療所の高橋厚先生が、「在留邦人への新型インフルエンザ対策〜在インドネシア日本大使館の取組み」と題して講演された。ご講演の内容は事情により割愛する。

最後に登壇された、トラベルクリニック新横浜院長の古賀才博先生は「『海外派遣企業での新型インフルエンザ対策ガイドライン』の経緯と現状」と題して話された。古賀先生は、3年前に廃止された(独)労働者健康福祉機構 海外勤務健康管理センタ(JOHAC)で同ガイドラインの策定・改訂にあたっておられた。現在、このガイドラインはの管理は日本渡航医学会に委託されている。古賀先生は海外進出企業を対象として2009年10月に実施された新型インフルエンザ対策についてのアンケート調査結果を報告された。回答のあった613社が対応に苦慮した点について、マスクの入手(226社)、家族の罹患・休校措置に伴う欠勤(205社)、想定された病原性と対策の乖離(191社)についで海外勤務者・家族の退避の判断(152社)、流行国から帰国した社員の健康観察(136社)などが挙げられた。そして、海外派遣企業におけるパンデミック対策としては「重症度」に応じた対策を打ち立てる必要があり、CDCやWHOの「重症度」評価を踏まえながら職域、地域で対応していくべきとされた。さらに、特にBOP(Base Of Pyramid)と呼ばれる年間国民所得300ドル以下で、衛生状況が劣悪で医療インフラも整っていない国・地域への派遣社員対策や、中小企業対策の欠如などの課題も示された。

「新型インフルエンザ等対策特措法」が2013年4月に施行されるに当たり、国の新型インフルエンザ等対策有識者会議中間とりまとめが2月7日に発表された。シンポジウムの最後に中間取りまとめをめぐって岡部先生も加わって議論が続いた。

岡部先生がまとめられたように、冷めることなく継続して新型インフルエンザ対策を進めていくことが重要と考え、当協議会も折をみてこの問題を取り上げていく予定である。

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