海外勤務者健康管理研修会

第三回海外勤務者健康管理研修会のご案内 (2)

次に、「海外勤務者の予防接種」と題して、(独)労働健康福祉機構 海外勤務センター所長代理の濱田篤郎先生の講演を拝聴した(座長は日本産業衛生学会理事の岡田章先生)。

海外勤務者の予防接種

『日本人はトラベルワクチンを接種すべきだ』という論文がある(J. Travel Med. 7:37, 2000)。ある途上国の医師がクリニックを訪れる腸管感染症の患者に圧倒的に日本人が多いことに気付き、A型肝炎ワクチンと腸チフスワクチンの接種率を日本人以外の外国人と比較した。外国人では2つのワクチンをともに接種している人が90%だったのに対し、日本人ではどちらか一方を打っている人が5%にすぎなかった、との報告である。

途上国の医師に指摘されたことはショックであるが、その後、海外勤務健康管理センターが行った調査(2004年)では、海外派遣企業において途上国へ長期滞在する場合にA型肝炎・B型肝炎・破傷風の少なくとも一つ以上の予防接種を受けている人は55.7%であった。4割の人が何らワクチンを打たないで出国していることになる。先進国の場合には1割に過ぎず、残り9割は未接種であった。

予防接種には 1)生ワクチンか、不活化ワクチンか、という観点からの種別と、2)定期予防接種か、臨時予防接種か、という種別がある。臨時予防接種には感染流行時に行うもの、医療職など職種別に行うものの他、トラベルワクチンがある。トラベルワクチンとしてどのワクチンを打って出国して頂くのか、その選択の基準としてはステフェン教授が示した基準がある。各感染症の頻度と重症度を掛け合わせ、図の線上にあるものから打っていくという考え方である。これに、年齢:大人か子供か、滞在期間:短期か長期か、滞在地域:流行地域か否か、現地でのライフスタイル、費用対効果(A型肝炎ワクチンは1回8,000円)、などを勘案して決める。特に会社でワクチンを打つとなると、cost effectiveかどうか、ということが問題になる。従来の報告は、ワクチンを打たずに発症した場合の医療費とワクチンの費用の比較として検討されているが、このような医療経済的な検討では、ワクチン接種にcost effectiveな効果がないとの結果である。しかし、本来ならば欠勤によるdefectを含めて考えるべきである。

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海外勤務者で長期滞在者に推奨される予防接種の一覧を、対象となる滞在地域や、特に推奨されるケースとともに示した。A型肝炎・B型肝炎・黄熱病・破傷風・狂犬病・日本脳炎・ポリオ・インフルエンザなどがある。短期滞在者(1ヶ月未満)の場合、滞在地域が途上国ならばA型肝炎・黄熱ワクチンが勧められるが、先進国ならば特にお勧めはなく、必要に応じてでよい。

次に、A型肝炎ワクチンは途上国へ行く時は推奨される。40歳以上でA型肝炎に罹って劇症肝炎に至るのは2%程度なので、中等度の危険度と評価される。A型肝炎ワクチンは出国前に2回打つのが本来であるが、短期出張して1ヶ月後に戻ってくるような場合は1回接種でも構わない。これは、1回の接種で1ヶ月後には抗体ができているからだが、長期の場合にはその後抗体価が下がってくるので2回以上打つことが望まれる。また、ワクチン接種前に抗体価を測るべきかどうかについては、60歳未満の場合には測らなくてもよいというのが一般的である。

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黄熱病はアフリカの赤道付近や南米に発生している。日本人で黄熱病で亡くなった人としては野口英世くらいしか思いつかないが、WHOによれば熱帯のジャングルの中で年間20万人が罹り、数千人が死んでいるという。欧米人で黄熱病に罹って死ぬ人は年に1-2例あり、発病すると半分は死ぬ。2002年にアマゾンを釣り旅行中に感染して亡くなった事例が報告されている。

入国時に黄熱ワクチンの接種証明を要求する国がある。それも経由地によって異なることがある。例えば、ブラジルへ行くのに、日本⇒ロス⇒ブラジルなら要求されないが、ロスからペルーを経由してブラジルへ行くと要求されることがある。また、アフリカを経由してインドに行く場合、インドでは黄熱病を媒介する蚊がいるために、ワクチン接種証明を要求される。旅行業者に訊いて事前に確認しておくことが必要だ。

黄熱ワクチンは生ワクチンで、まれに黄熱病様の副作用を起こすことがある。頻度は30万接種に1回だが、60歳以上では4万接種に1回と10倍近く高くなる。

破傷風は頻度は低いが重症度は高い疾患である。1980年の日本の映画で「ふるえる舌」という破傷風を扱った映画があるが、DVDで借りられるのでご覧いただきたい。先進国に長期滞在の場合には破傷風トキソイドが先ずはお勧めである。日本なら大きな怪我をするとすぐ病院へ行く。そこでは怪我の治療は勿論だが、必ず破傷風トキソイドを打ってくれる。しかし、海外に滞在中だと病院へ行くことをためらい、大きな怪我でもトキソイドを打つことがなくなる。このような理由で破傷風トキソイドの接種を勧めている。

破傷風トキソイドは3回打つ。1968年から小児で予防接種が始まったため、37-38歳くらいまでは抗体をもっている。40歳以上は抗体をもっていない。従って、37-38歳までは1回の接種で良いが、それ以上では3回の接種を行う。

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次に、途上国への長期滞在でお勧めなのが、先述のA型肝炎と黄熱の他、B型肝炎ワクチンがある。B型肝炎の流行地で、キャリア・レートが高いのは中国、アフリカ、アマゾンなどがある。B型肝炎は性感染症だが、医療行為や美容行為でもうつることがあるため、キャリア・レートが同程度のインドでもワクチン接種を勧めている。

B型肝炎は2回目までは注射を受けてもらってから出国してもらうが、B型ワクチンは2回接種だと3割くらいしか抗体がつかない。しかし、急速接種という手法があり、これだと8割がつく。接種後に抗体測定をするかどうかについては、医療者なら必ず要るものの、海外勤務者についてはcostを考えると勧めていない。

狂犬病は中国、インド、インドネシア、フィリピンでの発生が多い。動物に近寄らないこと、噛まれたら直ちにワクチンをうつことが必須だ。事前にワクチン接種がある場合には狂犬病ワクチンを2回筋注する。事前に接種がない場合には、狂犬病免疫グロブリン(日本にはない)を局所に筋注する。顔面を噛まれた場合には顔に打つこともある。

事前に(出国前に)ワクチンをうつかどうかの判断には、1)高度流行地域に滞在するのか、2)曝露後接種が迅速にできる地域なのかどうか、を勘案して接種を勧めている。例えば、ニューデリーなら曝露後接種がすぐ行えるので事前のワクチン接種はしないが、そこから100km離れた都市に赴任する場合には接種を勧めている。

日本脳炎は中国、東南アジア、インドの農村部で流行している。日本では1970年代よりワクチン接種が行われてきたため、日本人はある程度免疫があり、10歳以上は抗体をもっている。日本国内でも自然感染はおきているのだが、多くは不顕性感染に終わり、100人に一人しか発症しない。このような状況から、農村部に滞在する人には1回だけワクチンの追加接種をしている。

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さて、出国前の慌ただしい時期に短期間で多くのワクチン接種を終了しなければならない時に、同時接種という方法もある。同時接種は日本では予防接種法上は不可だが、アメリカでは可で、生ワクチンと生ワクチンは4週間あけるという以外は制限はない。複数ワクチンの同時接種が個々のワクチンの副作用発生率を高めるというエビデンスがないからだ。なお、日本の予防接種法にも「同時接種については医師が認めれば可」という記載が加えられた。

帯同家族のうち、小児の予防接種に関しては、日本にいれば接種することになる定期予防接種を出国した後には受けられなくなるという心配をされるが、ワクチンについては海外の方がたくさんの種類を、日本より緻密にやってくれる。小児向けのトラベルワクチンの一覧を示したが、A型ワクチンについては16歳以上について認可されている。これは16歳未満についてデータがないだけで、近く16歳未満についても認可される見通しである。

日本で市販されていないワクチンには、腸チフス、髄膜炎、ダニ脳炎のワクチンがあるが、これらは個人輸入が可能である。

エドワード・ジェンナーは天然痘ワクチンを開発したことで知られるが、当時、牛痘に罹った搾乳婦は天然痘に罹らないということが知られていた。VACCAは“雌牛の肉“の意で、vaccinationの語源となっている。

最後に、御当地であるトヨタの産業医、廣田直敷先生からワクチン接種を中心に特別発言をしていただいた。

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特別発言

トヨタは現在、海外生産拠点として52工場あり、中でもアジアでの生産が増加している。海外派遣者は2,000人、帯同家族を含めると4,500人にのぼっている。海外安全グループでは健康管理サービスの一環として、海外医療巡回のほか、予防接種も行っている。

トヨタでは海外で本人・家族が安全に暮らしてもらうために、情報提供に努めている。海外派遣にあたっては、先ず、出張することが多いため、出張時に安全と一緒に各種配布物などで情報提供している。また、赴任時マニュアルにも記載すると共に赴任者家族対象のセミナーでワクチンのことも触れている。費用は全額会社負担である。

地域別に推奨ワクチンがある。工場内診療所やトヨタ記念病院で複数同時接種も行っている。小児は主にトヨタ記念病院小児科海外渡航科で対応している。Hib、髄膜炎、腸チフス、ダニ脳炎ワクチンなど、日本では通常うてないワクチンの接種も事情に応じて推奨している(現地・第三国接種)。

トヨタでは、赴任者が「日本と同じレベルの安心感を得られる」ことを目指して、赴任者健康管理の活動を展開している。

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