木原龍一の歴代パートナー3人!ペア解消理由と現在の関係まとめ

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2026年4月、りくりゅうこと三浦璃来さん・木原龍一さんが現役引退を発表しました。

ミラノ五輪で日本ペア史上初の金メダルという最高の結末でしたが、ここに至るまで木原龍一さんは2度のペア解消を経験しています。

木原龍一の歴代パートナー3人!

・高橋成美さん(2013年~2015年)
・須崎海羽さん(2015年~2019年)
・三浦璃来さん(2019年~現在)

この記事では、それぞれのペア結成から解消の理由、元パートナーの現在の活動、そして三浦璃来さんとだけなぜうまくいったのかを時系列で振り返ります。

目次

木原龍一はなぜペア転向?シングル時代を解説

木原龍一さんがペアに転向した背景には、日本男子シングルの厳しい競争環境と、ソチ五輪に向けた連盟の強化戦略がありました。

シングル時代

木原龍一さんは愛知県出身で、もともとは男子シングルの選手でした。

小学生のころから全国大会で上位に入る実力を持ち、2011年には世界ジュニア選手権に出場して10位という成績を残しています。

中学生のころは小柄だったそうですが、成長期を迎えて身長は174cmまで伸び、日本男子の中でも長身の選手になりました。

しかし、当時の日本男子シングルはとんでもない激戦区でした。

木原龍一さんが最後にシングルで出場した2012年12月の全日本選手権では12位

・優勝:羽生結弦さん
・準優勝:高橋大輔さん
・無良崇人さん
・織田信成さん
・小塚崇彦さん
・町田樹さん
・宇野昌磨さん

と言った、名前を並べるだけで目がくらみそうなそうそうたるメンバーです。

調べる子

正直、この中で上を目指し続けるのはかなり厳しい状況だったと思います。

ペアに転向した理由

転機になったのは、2011年夏のことでした。

2014年ソチ五輪からフィギュアスケートに団体戦が導入されることが決まり、日本スケート連盟はペアの強化を急務としていました。

しかし当時、日本のペアで国際大会で活躍していたのは高橋成美さん・マーヴィン・トランさん組くらい。

連盟は急きょトライアウトを実施し、木原龍一さんも呼ばれて参加しています。

本人はその時点では転向する気はなかったそうです。

シングルとしては結果を出せず、連盟から声をかけられ、しぶしぶペア転向を決めた

という証言もあり、最初から前向きだったわけではありませんでした。

とはいえ、シングルの壁の厚さと、ペアなら競技を長く続けられるのではないかという思いが重なり、最終的にペアへの転向を決断しています。

この選択がなければ”りくりゅう”は生まれていなかったから、不思議な縁だよね。


木原龍一の歴代パートナーは3人!

ここでは、木原龍一さんのペアの歴史について紹介していきます。

1人目:高橋成美(2013〜2015)

木原龍一さんの最初のペアパートナーは、高橋成美さんです。

高橋成美さんは1992年1月15日生まれ、千葉県出身で身長は148cm。

小学生のころからカナダでペアの練習を積んできた、日本では数少ないペアのスペシャリストでした。

マーヴィン・トランさんとのペアで2012年世界選手権銅メダルを獲得するなど、国際舞台での実績は十分な方です。

そのトランさんとのペアを2012年12月に解消した後、高橋成美さんが次のパートナーとして思い浮かべたのが木原龍一さんでした。

調べる子

実は2人、ジュニア時代から仲が良く、「ふざけてペアの真似事をしたこともあった」そうです。

2011年のトライアウトでも高橋成美さんが相手役として参加しており、そのときの感触の良さが記憶に残っていたのだとか。

高橋成美さん自ら「一緒にペアやりません?」とオファーし、木原龍一さんが悩んだ末に承諾。
2013年1月にペア結成が発表されました。

結成からわずか1年で2014年ソチ五輪に出場したのは見事です。

団体戦ではSP8位、FS5位で日本チームの総合5位に貢献しました。

ただ、個人戦はSP18位でフリーに進めず、悔しい結果に終わっています。

ペア解消の理由

翌2014-2015シーズン、2人は世界選手権で最下位に沈みました。
そして2015年3月31日、ペア解消が発表されます。

高橋成美さんは当時をこう振り返っています。

私が龍一の確実なジャンプについていけず、失敗して足を引っ張っているのが申し訳なかったり、龍一は龍一で『力がない、申し訳ない』と言ったり。時間を重ねるごとに2人で『申し訳ない、申し訳ない』という気持ちが増えてきた

お互いが真面目だからこそ、うまくいかない部分を自分のせいだと感じてしまった。

不仲というより、互いを思いやるがゆえの解消だったのだと思います。

技術的な面で言えば、体格差や経験値の違いから、高難度の技を合わせることに限界があったとも報じられています

公式には「解消理由は非公表」とされていますが、成績面と相性の両方が影響したと考えるのが自然でしょう。

高橋成美の現在

高橋成美さんは2018年に現役を引退し、現在は松竹芸能に所属してタレント・解説者として幅広く活動しています。

2026年のミラノ五輪では、りくりゅうの金メダル演技をテレビ解説し、「こんな演技、宇宙一です」という言葉が大きな話題になりました。

元パートナーの金メダルを解説席から見届けるという、なかなかない場面でしたよね。

他にもJOC理事やアスリート委員会副委員長を務め、7か国語を操る語学力を生かしたメディア出演も増えています。

木原龍一さんとの関係は良好で、ミラノ五輪後にもSNSで「これからもずっと応援」とメッセージを送っていました。

ペアを解消した後も互いへのリスペクトが続いているのが素敵!


2人目:須崎海羽(2015〜2019)

2人目のパートナーは、須崎海羽さんです。

須崎海羽さんは1999年12月15日生まれで、ペア結成時はまだ高校生でした。

2015年6月にペア結成が発表され、4シーズンにわたって一緒に活動しています。

2人は着実に成長を重ね、2017年四大陸選手権13位、2017年全日本選手権優勝を経て、2018年平昌五輪の出場権を獲得しました。
※木原龍一さんにとっては2大会連続の五輪出場です。

しかし平昌五輪の結果は厳しく、団体戦SP8位、個人戦はSP21位57.74点、自己最高ではあった)でフリーに進めず。

木原龍一さんは「練習でできていたことが出せなくて、すごく悔しいです」と語っています。

ペア解消の理由

平昌五輪の翌シーズン、2019年2月の四大陸選手権前の練習中にアクシデントが起きます。

ツイストリフトの練習中に木原龍一さんが脳震盪を起こし、そのまま四大陸選手権と世界選手権を欠場することになりました。

ここ数年、怪我が続いていたことも重なり、2019年4月8日にペア解消が発表されます。

木原龍一さんは「ここ数年けがが続き、辛い時期もありましたが…今後は肩の治療を第一に考えたい」とコメント。
須崎海羽さんは「この4年間で、人間としても1人のスケーターとしても成長させていただきました」と感謝の言葉を残しています。

高橋成美さんとの解消が「相性の壁」だったとすれば、須崎海羽さんとの解消は「怪我の壁」だったと言えるかもしれません。

4シーズンという期間は歴代パートナーの中で最も長く、信頼関係はしっかり築かれていたはずです。

それだけに、怪我による解消は2人にとっても辛い決断だったのではないでしょうか。

須崎海羽の現在

須崎海羽さんは2023年にSNSで競技スケートからの引退を発表しました。

その後はスケートの指導者として活動している様子で、2026年のInstagramでは「北陸大会無事終了しました。今シーズン最後の大会です。みんな素敵な演技を見せてくれました」と投稿しています。

選手を育てる側に回っているんだね。

木原龍一さんとの直接的なやり取りは公にはあまり見られませんが、りくりゅうの金メダル獲得後には、ネット上で「須崎さんとの4年間があったからこそ今の木原龍一がいる」というファンの声も多く見られました。


3人目:三浦璃来(2019〜2026)

そして3人目のパートナーが、三浦璃来さんです。

須崎海羽さんとのペア解消後、木原龍一さんは名古屋の邦和スポーツランド(現・邦和みなと スポーツ&カルチャー)でアルバイトをしていました。

調べる子

脳震盪の後遺症もあり、肩の痛みも限界に近く、「シングルで国体に出て引退しようか」と本気で考えていた時期だったそうです。

そんな時、木原龍一さんに転機が訪れます。

ペア強化プロジェクトの手伝いをしていた現場で、流れでツイストリフトを試した相手がいました。
→それが三浦璃来さんだったのです。

木原龍一さんは当時17歳の三浦璃来さんとの初めてのリフトについて「雷が落ちた」と表現しています。
三浦璃来さんのほうも「この方しかいない」と感じたそうで、お互いが一瞬で相性の良さを確信したというエピソードは、まるでドラマのようです。

木原龍一さんと三浦璃来さんは、2019年8月5日にペア結成を発表しました。

結成からわずか3か月のNHK杯で5位に入り、初めて60点台(62.41点)というスコアを出したとき、木原龍一さんは「60点の壁をずっと越えられなかったので」と声を弾ませていました。

調べる子

その後、りくりゅうペアの快進撃が続きます。

・2022年北京五輪:団体銀メダル
・2023年:世界選手権初優勝
・2024-2025シーズン:グランプリファイナル・四大陸・世界選手権の年間グランドスラムを達成。
・2026年ミラノ五輪:日本ペア史上初の金メダルを獲得

2度のペア解消と引退寸前の日々を乗り越えた末に、最高のパートナーと最高の結果を手にしたわけです。

引退という区切り

りくりゅうペアは2026年4月17日に現役引退を発表しました。

三浦璃来さんは以前から「木原龍一さんが引退するときが自分の引退のとき。違う人と組んで続けることは絶対にない」と明言していました。

2人は「生涯りくりゅう」を宣言しており、今後はペアの指導者やアイスショーなど、新しい形で活動を続けていく予定です。


三浦璃来とうまくいった理由はなぜ?

高橋成美さん、須崎海羽さんとは実現できなかった「五輪金メダル」を、なぜ三浦璃来さんとは手にすることができたのでしょうか。

①相性

一つは、相性とフィット感だと思います。

木原龍一さん自身が「言葉には表せない、相性というのがあるんだなと思いました」と語っているように、三浦璃来さんとは最初のリフトの瞬間から感覚が合っていたそうです。

調べる子

元ペア代表の高橋成美さんも「合わすんじゃなくて、合うんだ」と言っていたことがありますが、まさにそれを体現したペアだったのでしょう。

②コーチ環境の変化

もう一つは、コーチ環境の変化です。

木原龍一さんと三浦璃来さんはペア結成後、カナダのブルーノ・マルコットコーチに師事したことで、技術面も精神面も大きく成長しました。

マルコットコーチは「彼らはとても特別」と評しており、相性の良いパートナーと信頼できるコーチの両方が揃ったことが飛躍の要因だったのだと思います。

そして個人的に大きかったと感じるのは、木原龍一さん自身の「心の変化」です。

高橋成美さん時代は互いに「申し訳ない」と追い込み合い、須崎海羽さん時代は怪我と成績で「ペアに向いていないのでは」と自信を失っていました。

三浦璃来さんとの出会いについて、木原龍一さんはこう語っています。

楽しくなくなっていたスケートを、三浦さんとブルーノがすべて変えてくれました

2度の挫折を経て「スケートが楽しい」という原点に戻れたこと。

これが、りくりゅうが特別だった最大の理由なのではないでしょうか。


まとめ:木原龍一の歴代パートナーは3人

今回は【木原龍一選手の歴代パートナー3人】について、まとめました。

①高橋成美さん(2013〜2015)
 →結成1年でソチ五輪に出場するも、相性と成績の壁に直面して解消。
②須崎海羽さん(2015〜2019)
 →4シーズン活動し平昌五輪に出場するも、怪我の連続でやむなく解消。
③三浦璃来さん(2019〜2026)
 →2026年に共に引退を発表。

引退寸前だった木原龍一さんが三浦璃来さんと出会い、「雷が落ちた」と感じた2019年。

そこからわずか7年で五輪金メダルにたどり着いた道のりは、2度の挫折があったからこそ輝いています。

現在、高橋成美さんは解説者・タレントとして、須崎海羽さんはスケート指導者として、それぞれの道を歩んでいます。

3人の元パートナーが全員、スケートに関わり続けているのも素敵なことですね。

参考元:Number Web(文春)、スポニチ、サンスポ、デイリースポーツ、読売新聞、朝日新聞、日刊スポーツ、NEWS ポストセブン、THE ANSWER、Yahoo!ニュース、Wikipedia

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