海外勤務者健康管理研修会

報告 第3回海外勤務者健康管理研修会 (1)

愛知県医師会、名古屋市医師会、日本職業・災害医学会との共催で、第3回海外勤務者健康管理研修会を11月2日〜11月3日に名古屋国際会議場で開催された第55回日本職業・災害医学会の一つのセッションとして開催しました。11月3日の午後2時から4時までの二時間に海外勤務者の感染症対策とワクチン接種に関する2つの講演ならびに特別発言を拝聴しました(参加者は45人)。

最初に、大阪市立総合医療センター特別医監の阪上賀洋先生が「海外派遣職員のための感染症対策」と題して講演されました(座長は橋本博大阪産業保健推進センター相談員)。

海外派遣職員のための感染症対策

近年、企業は海外、特に中国など人件費の安い発展途上国に進出し、国内からも多くの人材を派遣している。それに伴い、新興感染症(SARS、エボラ出血熱、鳥型インフルエンザなど)や再興感染症(デング熱、マラリア、チクングンヤ熱など)に罹る危険性が高まっている。その背景には、感染症の危険性が非常に低くなった国内と同様の感覚で安心しきって出国するという、国民の予防意識の低さが関係している。

昨年12月に国内で数十年ぶりに発生した、2例の狂犬病による死亡例はいずれも昨年8月にフィリピンで犬に噛まれ、11月に発症した。その後、国内では狂犬病ワクチンの需要が急増し、大阪市立総合医療センター感染症センターでも一時的に手に入らない事態になった。再び入荷するようになってからも狂犬病ワクチン接種本数は以前と比べて高めに推移している。A型肝炎ワクチンの接種本数も増えている状況をみると、昨年の事件が予防意識の高まりにつながってきた表れとも考えられる。

狂犬病の潜伏期間については顔面のように頭に近い所を噛まれた場合には潜伏期間が短いものの、一般には30〜90日くらいが最も多い。このように潜伏期間が長い理由は、傷口から侵入したウイルスが創部の局所である程度増殖するのに時間がかかるためらしい。

現地の狂犬病事情をよく知らないまま、狂犬病多発地域に社員を派遣している企業があるが、今後社員が噛まれるような事態が発生すると(安全配慮義務違反として)責任を問われる可能性がある。

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狂犬病の曝露前の予防については、第1回の後、7日後、28日後の計3回ワクチンをうつと8割は大丈夫と考えられる。「(狂犬病のない)安全な国で(出国前の)安全なうちに、(製剤や注射針に信頼のおける)安全なワクチンを打ちましょう」と説明している。国によっては羊脳由来のセンプル型ワクチンを今なお使っているところがあり、そのような国では「先進国の開発した製剤」を指定してワクチンを受けることも必要だと思われる。

万一、噛まれたら、局部の洗浄・消毒の後、狂犬病ワクチン未施行者については狂犬病免疫グロブリン(わが国では入手できない)を20 I.U./kgの量で投与するが、解剖学的に可能であれば総量を創部周囲に注射する。免疫グロブリンを打った後、第0、3、7、14、30、90日目の5回または6回、狂犬病ワクチンを注射する。既に狂犬病ワクチンを3回以上接種している人には、狂犬病免疫グロブリンは不要で、第0日と3日にワクチンだけを接種する。

咬まれる動物は犬の次に多いのが猿で、噛まれたり引っ掻かれたりというのが多いが、その他、猫やフェレット、スカンク、アライグマ、こうもりなどに噛まれた(り、傷口をなめられたりした)場合の対応について米国の曝露後対策がでている。

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海外における腸管感染症としては、旅行者下痢症が多いが、腸チフス・パラチフス・赤痢は依然として厄介な感染症である。いまやこれらの疾患の国内感染例は少数になり殆どは輸入感染症であるが、これらの感染症は本年4月にこれまでの2類から、入院の必要がなく一般診療所で診療できる3類に変更されたが、これは大きな間違いである。変更の予定が伝えられた時に厚労省の担当者に異議を強く唱えたが、それまでに法律改正が決まってしまっていたらしく、今回の変更になってしまった。最近では一般の医師もかつてほど赤痢が怖くなくなって血便をみても驚かなくなっている。

3類への変更が間違いだという理由の一つは薬剤耐性が進んでいるからである。演者らの病院での経験ではインド由来の赤痢菌・腸チフス菌・パラチフスA菌はすべてナリジクス酸(NA)耐性であった。NEJMに載せられた報告によると、腸チフス菌のNA薬剤耐性化率はベトナム、インド、パキスタンで50%前後にのぼる。腸チフスやパラチフスは敗血症であり、入院治療が必要だが、NA耐性はニューキノロンに低感受性または無効を意味するので、第3世代のセファロスポリンを使うしかない。

これほど腸チフス菌、パラチフスA菌の薬剤耐性が進んでくると腸チフスワクチンの重要性を見直す必要があるが、国内では認可されていない。これは治験が行われていないからだが是非、本研究会が中心となって医師主導型の治験を行って、腸チフスワクチンが使えるようにしてもらいたい。腸チフスワクチンは注射薬と経口薬があるが、後者は2カプセルずつ1日おきに3回のむだけでよい。どちらも副作用は殆どない。

熱帯諸国では熱がでているとマラリアと診断したり、下痢で血便だとアメーバ赤痢と考えるなど、パターン化した考え方による誤診が多い。前者については(致死率の高い)熱帯熱マラリアを見逃すよりはましだが、腸チフス・パラチフスがしばしば見逃される。後者については細菌培養ができないことが多いため、便を鏡検して、動いているものがあると(実際は白血球のブラウン運動であったとしても)アメーバ赤痢と診断してしまうらしい。しかし、投薬はニューキノロン剤とメトロニダゾールを処方しており、(赤痢なのかアメーバ赤痢なのか)どちらが正しいのかわかっていないことを証明している。このような状況が薬剤耐性が進んでいる背景にはある。

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続いてマラリアの話に移るが、東南アジアやインド、アフリカ、中南米などの熱帯で流行している他、中国の揚子江流域では三日熱マラリアの発生が報告されている。韓国でも三日熱マラリアが多かったが近年は減ってきている。

日本では海外で罹患してきた患者さんが年間60例くらい発生しているが、三日熱と熱帯熱がおよそ半々である。三日熱マラリアは一日おきに発熱するが、末梢血では鏡検で環状体や生殖母体などが認められる。熱帯熱は連日発熱し、適切な治療を受けないと命がなくなる。スライドに示すように感染赤血球の比率が5%以上あると救命が難しい(但し、演者らは抗マラリア薬とハプトグロビンを併用すれば有効なことを見出した)。バナナ型の生殖母体が見つかれば熱帯熱と確診できる。

マラリアの治療は種別や患者の重症度によって治療法は多少異なる。三日熱にはクロロキンや塩酸キニーネが、熱帯熱にはメフロキンやキニーネが用いられるが、キニーネ耐性ならドキシサイクリン(ビブラマイシン)が用いられる。 しかし、マラリアも薬剤耐性が拡大しており、予防の観点からメフロキン(無効の地域の場合はドキシサイクリンなど)を投与することもある。メフロキンは現地入りの1週間前から服用を開始するが、副作用は個人差が大きい。

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デング熱は熱帯全般でみられるが、地球の温暖化で日本が(亜)熱帯化すると日本にも入ってくるだろう。デング熱は発熱や頭痛・眼痛(眼の奥の痛み)などの症状がおこるが、小児の場合は重症化しやすい。デング熱の検査所見では白血球減少(1500〜3000)、血小板減少(10万前後)などが起こりうる。

エボラ出血熱の媒介動物については最近、フルーツバットがキャリアーであることが判明した。コウモリはエボラの第一例であるシャルル・モネがコウモリのいる洞窟を探検した後発病したとの話や、コウモリ由来の株化細胞は狂犬病ウイルスを感染させるとウイルスを放出するものの細胞自体は死なない、というような特殊性があり、以前から、キャリアーとして疑っていたが、まさにそのような報告がでた。

ラッサ熱では受動免疫が有効だが、エボラ出血熱では抗血清が効かない。ただ、最近ワクチンが開発されてきており、将来的には発病予防も可能になると思われる。

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昨今、新型インフルエンザの脅威が叫ばれている。死亡率が著しく高い高病原性鳥インフルエンザは世界に拡大している。インフルエンザウイルスのRNAは8つのセグメントに分かれているが、鳥インフルエンザウイルスとヒトインフルエンザがヒトの体内で混合感染を起こすと、レコンビナントによってヒトへの感染性を獲得した鳥インフルエンザウイルスが生まれてくる可能性がある。従って、ヒトインフルエンザに対するワクチン接種を行うことは、鳥インフルエンザには効果はないものの自分の体内で新型インフルエンザを産み出さないようにするという意義はある。なお、抗ウイルス剤タミフルの鳥インフルエンザに対する有効性もあると言われているが、タミフルが万能ということでもない。大阪市立総合医療センターの感染症センターは病棟全体が陰圧になっている。いずれ来るかもしれないパンデミックに備えて、年に数回はシミュレーションをしている。

最後に破傷風・ジフテリアの抗毒素陽性率を示すが、幼児期に3種混合ワクチンのなかった中高年者では陽性率が低くなっている。事実、60-70歳代では庭いじりをしていて破傷風で死ぬことがある。このような年齢層の方にもワクチン接種が必要である。また、アラブ諸国では髄膜炎菌保菌者が多いが、ヨーロッパ諸国のイスラム教徒がメッカ巡礼中に大勢が同じ空気を吸って感染し、母国に持ち帰るというようなことがある。髄膜炎菌ワクチンはわが国では許可されていないが、髄膜炎菌髄膜炎の多い国に人を派遣する際にはこのワクチン接種も考慮すべきである。

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